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上田假奈代『ソーシャルインクルーシブ(社会包摂型)なアート活動 〜大阪西成の実践から〜』(1/3)

  • 上田 假奈代詩人・NPO法人cocoroom代表理事
上田假奈代『ソーシャルインクルーシブ(社会包摂型)なアート活動 〜大阪西成の実践から〜』(1/3)

上田さんは、詩人として、視覚障害のある方の集まるライトハウスでの「詩の学校」の展開をはじめ、様々な障害のある方との恊働による作品制作を90年代から続けてきました。そんな彼女は2003年より、大阪の浪速区新世界、そして西成区釜ヶ崎にて「ココルーム」という名のコミュニティカフェを運営しています。ここでのテーマは「表現と自立と社会」。「ことば」の力を信じて、「どんな人生であっても肯定できる、自分だけの生を生ききる」人生をつくるために、上田さんは、新たな場所での表現活動を模索し続けます。いまでは、様々な就労の問題や精神の問題などを抱える、西成の生活保護受給者や、障害のある人、生きづらさを抱える若者たちなどとの対話を始め、様々な福祉活動と芸術活動を推進しています。そんな彼女の活動と糸賀一雄さんとの実践が時代を超えて繋がります。どうぞお楽しみください。

ココルームの活動

アサダワタル

まず、大阪の西成区でやってるココルームという場所の紹介も含めて自己紹介をお願いします。

上田假奈代

ココルーム、正式名称は「こえとことばとこころの部屋」と言います。よく順番を間違えられるので、略称「ココルーム」なんですが、このココルームは一見すると喫茶店なんです。

アサダワタル

なるほど。

上田假奈代

喫茶店のふりをしながら、色んな人が来てもらいやすいかなと思ってやっているんですが、そこではお金を払ってお茶を飲んでくれる人もいれば、払わないで顔を見せてくれる人がいたり、また喧嘩をしたり、いろいろお話ししたり、時には相談事が持ち込まれたりするような場所なんですね。その場所でちょっとずつ生まれた関係、もしくは通りすがりの関係であったとしても取り組んでいる色んなワークショップとか出来事に参加してもらおうというような場所なんですね。そこか大阪の釜ヶ崎と言われている場所にあるんですけども。

アサダワタル

釜ヶ崎っていうのはどんな場所ですか。

上田假奈代

今お聞きの皆さんはは京都近辺の方が多いでしょうから、聞いた事あるような、ないようなところかもしれませんが、1960年代ぐらいから日本の高度経済成長を支えるための寄せ場だった街なんですね。

アサダワタル

寄せ場っていうのはその場で仕事をする……。

上田假奈代

そうです。ちょうど1970年には大阪万博があったんですが、その時に必要な労働力は一日2万人と言われてたんですね。その2万人が毎日働けるわけじゃないからそれよりも沢山の労働者の方が必要で、一カ所に固まっておいてくれたら効率よく働いてもらえると。というわけで労働者の方の溜まる場所を寄せ場というんですが、そういう街になっていったのが釜ヶ崎という街なんですね。

劣悪な労働環境で暴動なども耐えなかったので、怖い街だと、一人でいてはいけない街だとも言われても来ました。ところがバブル崩壊後90年代後半にはですね、仕事が無くなって、労働者だった方は路上に押し出されて、歳もとってきたので仕事もあまりなくてですね、しんどい状況になるんですね。

その状況から今度は2000年に入ってからは生活保護を受ける方が大変増えて、現在では釜ヶ崎エリアにおよそ1万人ぐらいの方が生活保護を受けて暮らしてらっしゃる。そして単身男性のみという大変変わった構成の街なんですね。

アサダワタル

男性が圧倒的に多い街。

上田假奈代

だから女性が行くと「ベッピンやな」て言われてめちゃくちゃモテますけどね 笑。

アサダワタル

なるほど、みんな、大注目なんですね 笑。上田さんに今説明して頂いた釜ヶ崎っていう街で一見喫茶店のようなココルームっていう集いの場ををやられていると。何かその場所をするきっかけになったことがあったんですか。

上田假奈代

元々のきっかけは、私が選んだっていうよりは、隣町にある新世界にあった大きな娯楽施設が空き店舗だらけで、大阪市が現代芸術の拠点を作ろうという事業を考えて、そこに参画しないかという風に声をかけられて。30歳になった私は、自分の仕事が作りたくて場所を運営するということに挑戦してみようと、やってみようと。それは2003年なんですね。2004~2005年くらいはアサダ君も一緒に働いてくれてたんだけど、その時隣街の釜ヶ崎という街が大変気になったんですね。ホームレスの方が大変多くて、毎日大八車に新聞や段ボール積んで歩いて行く人や、雨の中、アルミ缶を積んだ自転車が通り過ぎる。私自身は1969年生まれ、万博の前の年に生まれていて、高度経済成期まっただなかに成長していくんですね。子どものころは断水もあったし停電もあったけれど、今はすっかり便利な暮らしになっていますが、こうした暮らしが整うことを支えてくれた人達の街なんだなぁとただ理解していた。便利にしていく反面何か違和感もあったんですね。東日本の震災の原発の事故なんかでも、きっと皆さんもやもやとした気持ちになられたと思うんですが、まぁそんな気持ちですね。でもどうしていいか分からないんですよ。私なりに思ったのはこれから先未来というものに進んで行く時に、近代化のために無くしてしまったものや歪みを一新に引き受けている釜ヶ崎で学びたいなと。立ち会って学んでそこから次の未来に行きたいなと思って、そんな思いでこの街の人たちに学ぼうと思うようになりました。

アサダワタル

さっき上田さんから僕もかかわってたという風に言って頂いて、実は僕も10年前にですね、ちょうどココルームが立ち上がって、その時に隣町の新世界の街の娯楽施設で芸術事業をやっていこうという時に、何年間か関わらせて頂いて、現場で一緒に働いたりとか、西成の釜ヶ崎のおじさん達とワークショップをしたりということにずっと携わらさせてもらっていたんです。

言葉が態度になる

アサダワタル

そこで改めて、上田さん自身、詩人という肩書きを名乗ってらっしゃるわけなんですけど、詩とか言葉で色んな人達との関係を作ってゆく上で、そこから具体的な場所を持ってまた色んな人達と日常的に関わっていくっていう変化は結構一大決心だったと思うんですけど…。

上田假奈代

そうね 笑。

アサダワタル

自分の仕事のために場所をやろうという風に10年前当時に考えられたというのは、ミュージシャンだったらライブハウスだとかあるのかもしれないけど、詩人がひとつ社会的な場所を持つっていうことの当時の率直な気持ちというのは一体どんな感じだったんですか。

上田假奈代

未だに不思議なものなんだけど、言葉って何とでも言えるし、上手に喋れば上手にも言えてしまうものなんだけど本当の言葉っていうのは「態度」になるんじゃないかと。

アサダワタル

態度……。

上田假奈代

ということは私は詩人として仕事を作るという言葉を態度にしていこうと思った時に、色んなチャンスに対して挑戦したいなと。それで失敗したらやっぱりダメでしたごめんなさいという言葉にすればいいんだけども、まず挑戦する勇気を持つ態度が大事じゃないかなと思っているのね。

ココルームでのコミュニケーション

アサダワタル

実際ココルームっていう場所を10年やられていて、どういう人達との交流があったのか。例えば詩であったら朗読会するとかね、音楽をやっている立場でいうと、音楽が好きな人で集ったりとか、演劇とか、美術とか、そういう表現ジャンルに関わる色んな人が集ったりすると思うんですけど、例えば釜ヶ崎だったらその街で生活をしているおじさん達が来たりとか、あるいはちょっと仕事で悩んでいる若者達が来たりとか、そこが混じってきますよね。そこが凄く面白いと思うんですけども、今実際どういう人達がどういう会話をその現場で具体的にしているのか、教えてもらえませんか。

上田假奈代

漫才みたいですよ 笑。

アサダワタル

漫才ですか。突っ込みどころが満載っていう事かな 笑。

上田假奈代

酔っぱらいが酔っぱらいを怒っていたりとか。でもその酔っぱらいが急にギターを弾き出して唄を歌い、本当うるさかったり 笑。「うるさい!」って言ったら悪いんだけど、店の前の椅子で弾き出すと、何人かのおっちゃんが店の前で手拍子を叩いて盛り上がってしまったりして、そしたら、その人は詩を書き始めるんですね。「ペン貸せ、紙貸せ」と言い出して黙々と書き出して、今度はついに「彫刻をする」って言って、拾って来た木に彫刻をし始めて 笑。

アサダワタル

どんだけ表現したいねん!って感じですよね 笑。

上田假奈代

この人は最初、お酒を飲んで、ユニークなことを元々言う人だったんだけど、今はココルームに出会って、時折来てはとうとう彫刻家になってしまった。そんな人もいますね。かと思ったら昨日突然やってきた若者が、自分は障害認定を受けたと。自分が信頼する人から「お前は普通の仕事は出来ひん、普通の社会では生きられへんから」と言われて、「これからどうしたらいいんやろう……」とか、家族関係の悩みを相談し出したり。

アサダワタル

本当に色んな人が来ますね。

上田假奈代

そうですね。

アサダワタル

そんな事を日々聞きながら、一緒にお茶飲むときもあれば、一緒にワークショップをしたり、散歩したりとか、色んな事をその街でやっているという。上田さん自身のこれをやってるきっかけになってる詩という話とか、元々詩をワークショップするという、詩を一緒につくるその時間、その場に色んな人が関わって来て、その出会いから今のココルームの活動に繋がっていると思うんですけれどもその辺の話を次回引き続きお聞きできたらなと思っております。引き続きどうぞよろしくお願いします!

上田假奈代

よろしくお願いします。

※2 世界にあった大きな娯楽施設

かつて大阪市浪速区恵美須東に存在した複合娯楽施設「フェスティバルゲート」のこと。

※3 大阪市が現代芸術の拠点を作ろうという事業

これまでの文化施設の概念に捕われない、機動的で専門的な芸術拠点として、フェスティバルゲート内に展開した「新世界アーツパーク事業」のこと。将来を担う若い人材のサポートや、未だ評価の定まらない実験的な活動を支援するため、その分野の専門家によって設立したNPO(特定非営利活動法人)によるスペースの運営及び公演・ワークショップ・文化交流の開催などを、行政と民間が協力して行い、多様でレベルの高い新しい芸術拠点づくりに取り組んだ。

上田假奈代詩人・NPO法人cocoroom代表理事

1969年奈良生まれ。3歳より詩作、17歳から朗読をはじめ、1992年から全国で障がいをもつ人や子ども、 高齢者など幅広い対象に向けてむけて詩のワークショップを行う。また、2003年に、「表現と自律と仕事と社会」をテーマにアートNPO「ココルーム」を設立。現在は大阪市西成区の釜ヶ崎でそのココルームを運営しながら地域に開かれた様々なアートプロジェクトを展開している。大阪市立大学都市研究プラザ研究員。

上田假奈代
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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