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上田假奈代『ソーシャルインクルーシブ(社会包摂型)なアート活動 〜大阪西成の実践から〜』(2/3)

  • 上田 假奈代詩人・NPO法人cocoroom代表理事
上田假奈代『ソーシャルインクルーシブ(社会包摂型)なアート活動 〜大阪西成の実践から〜』(2/3)

上田さんは、詩人として、視覚障害のある方の集まるライトハウスでの「詩の学校」の展開をはじめ、様々な障害のある方との恊働による作品制作を90年代から続けてきました。そんな彼女は2003年より、大阪の浪速区新世界、そして西成区釜ヶ崎にて「ココルーム」という名のコミュニティカフェを運営しています。ここでのテーマは「表現と自立と社会」。「ことば」の力を信じて、「どんな人生であっても肯定できる、自分だけの生を生ききる」人生をつくるために、上田さんは、新たな場所での表現活動を模索し続けます。いまでは、様々な就労の問題や精神の問題などを抱える、西成の生活保護受給者や、障害のある人、生きづらさを抱える若者たちなどとの対話を始め、様々な福祉活動と芸術活動を推進しています。そんな彼女の活動と糸賀一雄さんとの実践が時代を超えて繋がります。どうぞお楽しみください。

「世界に見つけられた感じ」、そして表現へ

アサダワタル

前回はココルームという上田さんが運営されている集いの場について、そしてその場所がある釜ヶ崎という街の話などをしていただきました。上田さんの原点というか、これまで詩人として色んな活動をされてきているんですけれどが、例えば障害がある方とかお子さんとか、高齢者の方とか、色んな方を対象にしたワークショップをされてきてますよね。そういう多様な人との共作をするきっかけはなんだったんですか?

上田假奈代

子どもはみんな詩人なんですよ。基本的には。

アサダワタル

おっ!今、名言出ましたね 笑。「子どもはみんな詩人」。覚えておきます 笑。

上田假奈代

私の場合たまたま母親が詩人だったから。

アサダワタル

へー、お母さんが詩人なんですか。

上田假奈代

そう。だから3歳の頃、書けない頃に喋る言葉を録音をしてくれたりとか聞き書きをしてくれたから作品が残ってる。

アサダワタル

だから3歳から詩作っていう。

上田假奈代

保育園時代には詩誌を発行していたから〆切があったんですね。

アサダワタル

原稿に追われる保育園時代 笑。すごいですね……。

上田假奈代

そういう詩集を作ったとしても、作ったものに切手を貼って住所を書いてお手紙を入れてっていう風に、物を作ってそれを誰かに手渡すための作業があるんだなという事もぼんやり覚えたりして。それから高校生の時に裏山に登って、古典の勉強をしようと思ってね、試験があったからそれに向けて何を思ったのか音読をしてみた。杜甫と李白とかね。そしたら赤毛のアンみたいなんだけど、声がシャボン玉みたいに見えたの、しゅわしゅわしゅわと。

アサダワタル

凄い現象じゃないですか。それは時間は放課後だから夕暮れ時?

上田假奈代

いや休みの日かな。本当にびっくりしたんだけどシャボン玉みたいなのが広がって行く。その感覚が凄い良くて、温かい感じでね。後にそれを「世界に見つけられた感じ」と名付けたの。

アサダワタル

その出来事を。

上田假奈代

それは声が見えたって時に、私が見つけられた感じがしたのね。不思議だなあと思って。それともう一度声を見た事があって、それは私じゃなくて近所の子どもが少し離れた場所にお母さんを呼ぶので「おかあちゃーん」って呼ぶ声が今度は黄色い光の直線で見えた。

アサダワタル

凄い経験ですね。どういう状況が揃ったら、ぱっと声が光で見えるって。まあそういう経験をされて。

上田假奈代

恥ずかしくて黙ってたんだけど。

アサダワタル

「お前何言ってるねん!?」って言われるから。

上田假奈代

そう。変な子って言われるから黙ってたんだけど二十歳前後ぐらいの頃に、京都で暮らしてて西部講堂で遊んでたから……。

アサダワタル

芸術系の活動している人と言えばね、京都といえば京大西部講堂はメッカになっているところですもんね。

上田假奈代

1988年〜90年であそこが一番面白かったときに裏方をしててね、ふと自分が表現したいと思った時に、何かやりたいなと思ったんだけどやれるものがなくて。色々思い返すと、あのときの「世界に見つけられた感じ」の感覚は凄い良かったなと。あれを舞台にして人に見てもらう事はできるかなって思ってやってみたんです。それは一人でするというよりかは、何人かの人と一緒にやれないかなと思って。あの感覚って凄い幸せだったし、それを色んな人と共有できれば。その後、朗読会をやろうと思った時に作ったコンセプトが、いわゆる表現の訓練をしていない普通の人たちが自分の気持ちを自分で表すことというコンセプト。そのコンセプトよく考えたら今も全く一緒だね。

アサダワタル

脈々と続いてるんですね、前回お話し頂いたココルームの話とも地続きですね。

上田假奈代

そういう機会をつくったら、友達たちが詩を作ったことないという人も含めて朗読会をしてくれたんですね。これをいいもんじゃないかなと思って、こういう表現の訓練をしていない普通の人たちが関わる詩の現場を社会化したいと思ったんです。社会化するって事は、世の中に朗読って楽しいなって事を蔓延しないといけないんですね。私が場を作って行って、勝手にそういう場が増殖したら良いなって。90年代はワークショップって言葉が無い時代なんだけど、場を作る事を始めたのね。色んな人が色んな思いで関わってくれて。例えばしんどいなって状況の人が元気になっていったりとか、自分の気持ちを自分で表すって事が、生きる力にもなっているなと感じ始めて。詩人の方の多くの夢ってたいていは「詩集を作る」っていうことになるんだけど、私の場合はそんなに詩が上手じゃないっていうのもあって、朗読とか詩とか言葉と人が関わってる場そのものを作っていく事が増えたらいいんじゃないかなと思って、積極的にワークショップって形をとるようになったんです。

朗読を通じて立ち現れる「存在」

アサダワタル

実際そういった場に参加された方というのが、表現をするのに慣れていないけれども自分の思いを形にして行くという時間を過ごす中で、どういう変化があるのかなと。見ていてどうですか。何時間もかけて場を作ったりとか、毎週やっていったらその人に変化が訪れていくとか。

上田假奈代

本当に色んな事を経験させてもらっていてね。その人が表情が変わって元気になっていくっていうことももちろんあるし、私自身が凄い色んな事を学ばせて頂いたと思っていて。今日ちょっとお話したいなと思ったのは、今からちょうど10年ぐらい前の話で、お母さんが私の「明倫茶会」っていう企画に来てくれて。

アサダワタル

京都ですね。京都芸術センターでの企画。

上田假奈代

そう。一回明倫茶会の店主をさせてもらったんですね。その時に来てくれたお母さんが、今度芸術センターで子ども向けのワークショップをした時に自分の子どもを連れてきてくれた。その子どもさんは小学校5年生なんだけども知的な障がいがあって3歳、4歳ぐらいっていう状況のお子さんだったんだけど彼女はその場に来たくないので、入って来たら自分の鞄の中身を自分の周りに並べてバリケードを作って。

アサダワタル

必死に抵抗してるって感じですね。

上田假奈代

「こんな所来たくないのだ!」っていう感じでね。でもお母さんは彼女をおいて帰る。ワークショップに残った数名の大人と子ども数名と私が「一緒にワークショップしようね」って言って、一緒に寝転がって詩を読んだりとか、何とか彼女も一緒にやってもらいたいなと。やり方を考えて、連詩をしようと。連歌ならぬ、連詩。みんなで作っていくんだけど、テーマを彼女に作ってもらおうと思って「テーマ言って」って言ったら「モー娘。」って言われて。

アサダワタル

今ならAKBとかでしょうね 笑。

上田假奈代

モー娘。で詩を作るんやな、分かりましたって。みんなでモー娘。の連詩を作り始めた。彼女は自分の番が回ってくるとモー娘。の女の子の名前を漢字でフルネームで3人書くんですね。3行書くっていう約束だったから。

アサダワタル

3行書くっていうのは毎回そのパターンなんですね。モー娘。の女の子の名前を3行、毎回。

上田假奈代

詩が6回ぐらい回るんですけど、どこかに必ず3人の女の子の名前が並んでる

アサダワタル

凄い斬新ですね。

上田假奈代

現代詩としてはかなりイケてるんですよ。

アサダワタル

本当にコンテンポラリーですね。

上田假奈代

3日間連続だったので2日目来てくれるかなって思ったら来てくれてね。寝転がってみんなで朗読しようねって言った時に昨日と全然違ってスクって立って紙を持って朗読をしようとする。ところが、言えないのね。口ごもってしまって。「うっうっ」ってなってなかなか読めない。でもその読もうとしている姿がとっても力強くて、凄いのね。周りにいた大人は泣いちゃうの。涙ぐんでしまって。その姿っていうのは、彼女の存在がそこにあって、その存在がギリギリまで示されているような切実なもので。「表現するのだ。生きてるんだ」っていう姿なんです。ああ本当に朗読ってすばらしいと思ったのね。流暢に上手に発話できることが伝わるんじゃないんだなって。凄く面白いなと思って。またその場にいたみんなが耳を澄ませていたのね。心から耳を澄ませて彼女の表現を求めてて。彼女一人だけもしかしたらできなかったのかもしれない。そこで起こったダイナミズムっていうのは彼女と回りにいたみんなの力。ワークショップ、それはきっと社会そのものだと思うのよね。あの中で自分の存在を表し、お互いにその存在を認め合う、分かち合うという事をワークショップの中で学ばせてもらった。

アサダワタル

その時間に立ち上がってくる関係性みたいな事は、きっと詩のワークショップを通じてもココルームという場所を通じても同じように地続きで立ちあがってるんだなと、凄く思います。そしてその関係性に立ち会う人達は変化していってる感じなんですよね。

上田假奈代

その感覚が日常的にずーっと続くかどうかは、実際難しいと思うんだけれども、何かの折にこうふっと蘇ってくる感じがあれば嬉しいなと思って。

アサダワタル

ありがとうございます。今日は上田さんに詩人として活動を始められた原点のエピソードをお話していただきました。いよいよ次回が上田假奈代さんラストなんですけれども、引き続きよろしくお願いします。ありがとうございました。

上田假奈代

ありがとうございました。

※1 京大西部講堂

京都大学吉田キャンパス西部構内にある厚生施設の一つ。京都大学所属のサークルのBOX(部室)等がある他、音楽コンサートを初めとした各種イベントが不定期に開催され、京都で活動する様々なジャンルの表現者たちにとって象徴的な場。

※2 明倫茶会

京都芸術センターが主催する茶会。さまざまな分野で活躍する人を席主に迎え、市民と、それぞれの専門世界を生きる人びとが、ひとつに集い語らい、〈茶〉の起源へ心を傾けていく場として開催されている。

上田假奈代詩人・NPO法人cocoroom代表理事

1969年奈良生まれ。3歳より詩作、17歳から朗読をはじめ、1992年から全国で障がいをもつ人や子ども、 高齢者など幅広い対象に向けてむけて詩のワークショップを行う。また、2003年に、「表現と自律と仕事と社会」をテーマにアートNPO「ココルーム」を設立。現在は大阪市西成区の釜ヶ崎でそのココルームを運営しながら地域に開かれた様々なアートプロジェクトを展開している。大阪市立大学都市研究プラザ研究員。

上田假奈代
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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