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橘ジュン『“小さな声”に耳をすまし、社会に伝えること 〜難民化する家出少女たちと歩む日々〜』(3/3)

  • 橘ジュンNPO法人BONDプロジェクト代表理事
橘ジュン『“小さな声”に耳をすまし、社会に伝えること 〜難民化する家出少女たちと歩む日々〜』(3/3)

橘ジュンさんは、その昔、「レディース」と呼ばれる、いわゆる暴走族の一員でした。学校のどこにも、社会のどこにも居場所がなく、毎夜非行に明け暮れた彼女は、あるメディアでの取材での編集者との出会いをきっかけに、「文章を書くこと」に導かれます。彼女が言葉にしていくのは、家族に暴力をふるわれて家出したり、薬物に依存せざるをえなくなった少女などの「声」。行き場を失った少女たちの生の声はメディアで伝えられることはないが、その見た目の奥に純粋な心や考えを秘めていることを実感。フリーペーパーを立ち上げ、福祉や医療関係者と協力をし、NPOを設立し、渋谷に女性だけが安心して使えるインターネットカフェを立ち上げ、様々なあり方で「聴く 伝える つなげる」活動を続けています。この小さな声に耳をすまし、社会の変革の鍵を見いだす彼女の活動は、糸賀思想との繋がりを今の世代へと感じさせるものと言えるのではないでしょうか。

行政・制度との関わり

アサダワタル

これまでBONDプロジェクトでやられている、この「ボイス」というフリーペーパーの話であったりとか、いかに居場所を作っていくかということでもともと渋谷でされていたネットカフェ「メルト」の時代から、今は場所自体は直接持っていなくても例えば色んな関係者の方々とネットワークを組みながら、どうやってこの少女の声を具体的な支援に繋げるかみたいな活動に徐々に広がって行っていると思うんですけども。こういう風に活動してて具体的に制度というか、福祉の制度とか、行政からの支援みたいなこととかは受け始めたりしてるんですか?

橘ジュン

私たちは現場で声を聞くということ、とにかく声は沢山聞いているわけじゃないですか。それが生かされる場がある、生かそうと思ってくれている人達がいるということで、そういう繋がりも出て来たんですね。それが行政だったり、あと官僚の人達とか。

アサダワタル

厚生労働省とかになるんでしょうね。

橘ジュン

そうそう、そういう凄い方達とお会いする機会とかも増えて、そういう人達に「教えてください」って言われて話すという事も出てきたんですね。今は若年世代の特に女性の自殺率が増加しているということで、国としても対策をすぐにしなければしなきゃいけないということで、状況を知っている、生き辛さを抱えている10代20代の子たちの支援をしている私達がよく発言をする場をいただいているんですよ。例えばNPOとして自殺対策をずっとずっと頑張ってくれているライフリンクの清水さんという方がいるんですけれども、その方を先頭に色々と私たちも、「ここの部分はBONDさんに話してもらおう」という事で女性の支援の事とかはお話出来ることとかもあるようになってきてね。助成金とかも受けやすくなってきて、だから好きな事で、好きな事という言い方は変なんですけれども、これが必要で、やりたいと思っている事で、今ようやくちょっとずつ事業を頂けるような状況になってきています。3〜4年かかるんだなと思ってね。最初は「何でこんな事やってんの?」って周囲から言われてきたことが、「BONDさんじゃなきゃ分かんない」とかそう言ってもらえるようになったから、やっぱり続けることだなと思ってるし。一人一人の女の子の声を聞かせてもらってきたからこそ今できることだと思っているから「一緒に頑張ろうね」という感じで女の子達の声は聞き続けていきます。

糸賀一雄さん「福祉の思想」から気づかされる事

アサダワタル

今日この「Glow〜生きることが光になる〜」という番組の一つの背景になっている糸賀一雄さんという、日本の障がい者福祉の父と言われる方の本を一冊読んで頂きました。ちょうど今、橘さんにめくっていただいているのは、糸賀一雄さんの最後の講演『愛と共感の教育』という本なんですけれども、どうでした?

橘ジュン

これ中身は凄く、こういう気持ちってあるなぁと。思っている事をこの方は言葉にしてくれると思って、私も共感したんですけれども、「家庭の機能」という事についても書いてあったと思うんですけれども、私が安心して落ち着ける場所と、虐待を受けて来て居場所がない女の子達が求めている場所ってギャップがあって、会って話を聞き続ける事が必要だと思っているんですけれども、心が落ち着くという事が何よりも安心出来る場所だと思うし、本当はそういう場所で育つべき女の子達がそういう風にできなかった、してもらえなかったということは、その子と親の問題だけではなく、それを取り巻く社会全体の問題であると思ってもらえるようになればと思っているんですね。なので糸賀さんのこの考えには凄く共感しましたね。

アサダワタル

今、家庭の機能のお話をされましたけど。例えばきっと安らかな所はこういうもんなんだろうなっていう風に自分の支援する側のイメージで「ハイ!ここね」って言った時に、「そうじゃないねん……」みたいなすれ違いって結構あるんですかね。

橘ジュン

あるね。あると思う。ちゃんとやるべき事はやってるんですよ、支援者としては。だけどそこに心が通っているかとか、そこは受け止める女の子達の色んな環境だったり状況だったり、と言う事になってしまうと思うんですけど。支援者はやるべき事はきちんとやってる。「私はやってます!」って言われちゃうとと女の子はいづらいって思ってね。安心出来る場所なんですよ、でもいづらいってなる。それで飛び出しちゃうって子もいるから。

アサダワタル

この糸賀さんの別の本にも書かれてた事なんですけど、制度とかサービスだけポーンと与えられるっていうよりは、そこにいる人との関係とか、そういったものが詰まっていかなかったら、いくらすごく快適で、清潔で、何の不自由も無さそうやねんけど、何故か居づらいみたいなこととかってあんねんやろうなと。

橘ジュン

私は居場所は人が作るものだと思っているから、本当に色々失敗するんですけど、人と向き合うってことだからね。だから思い通りには行かないっていう事を常に思い知らされるんですけど。凄い自分の言い訳になっちゃうかもしれないですけど、本気でね、あの子達のことを思ってるっていうのは、私の中でとにかく本気だって思えたら、言える事ってあるんですよ。それがどんなにキツい言葉でも言えちゃうようになるんですね。そういう言葉を交わせるようになったその子達は、仮に今はうまく行かなかったとしても、またいつか彼女の状況が良くなればいいのか、それとももっと辛くなった時に思い出すのかは分からないですけど、「あそこ(BOND)があった」って思ってもらえるんじゃないかなって思っていて。私はあの子達がなんで彷徨うかというと帰る場所が無いからなんですよ。帰れる場所が欲しいと思うんだ。それで私たちはいつでもどんな時でもあの子達と関われるような自分たちでいようと思ってんの。だから「施設に繋いだ、うまくいかなかった、ダメでしょ、もう出来ないよ」って言わない自分たちになりたくてね。「じゃあどうして駄目だったのか聞かせて」って言わなきゃいけないし、「じゃああんた、なんだったら出来んの?」って言わなきゃいけないし、「でもあんただって努力しなきゃダメだよ」って、「あんただって甘えてるよ」って、「どうしたいかは自分で決めてそれをやるのはあんただよ」って背中を押さなきゃいけないと思ってるんですね。だからあの子達の声をとにかく聞いてちゃんと知らなきゃ言えないっていうのがあるから、(施設から勝手に)出ちゃった事に対しても責められないしね。で、そこの職員の事も全然責めてないんですけど、そういった意味では、お互い本気でぶつかり合って試行錯誤しながら、「あの時は悪かったね、でもあんたは?」って「私も悪かった。でもし言い合ったらもう一回始めよう」ってやれたら良いなと思うからそういった意味では、私たちも国からとかどこからだか助成金を出してくれる所からそういった意味をね、伝えていくことも大事なんなんだと。時間がかかるんだよ。で時間をかけたいからこういった費用が必要だっていうことを分かってもらえるようにやっていかなければいけないなって思いますね。

アサダワタル

時間がかかるのと、これは悪い意味ではなくて「終わりがない」んですよね。

橘ジュン

そうね。

アサダワタル

今の話を聞くと。終わりがないというと「果てしなくお金がかかるやないか」とかね、「そんなんやったらいっぱいいっぱい人受け入れて行かんとあかんやんか」みたいなイメージがすぐ沸きそうやけども、でも「形を変えて終わりがない」んやなっていう感じがする。

橘ジュン

そうなんですよね。「だから私たちだけで、この子抱えます」とかって、「私たちだけで見ます」って言ってるんじゃなく、「あんた行ってきな」ってね。色んな経験しなきゃいけないと思ってるし、仕事だってやっぱりしなきゃそこでの人間関係とか絶対大事だと思うから。作って行く事も我慢する事もね。だから私はルールがいけないとか言っている訳じゃなく、ここに入るのにもルールがあるって、ちゃんと分かるようになれば、あの子達も守れるようになるのかなと思うし。だって「携帯が使えないから私入らない!」って言って、断る子とか平気でいるんですよ。「おいおい、お前町で暮らすより良くね!?」って思うんだけど、「携帯大事だから!」みたいな感じで断っちゃったりとか。そもそも「なんでそんなに携帯大事なの!?」って話だから。

アサダワタル

そっから先はその話になりますよね。

橘ジュン

それを聞く知るという事も大事だと思っているんですよ。私たちはね。で、「そっかそっか。じゃあさ……」って言ってあげられれば良くて、「じゃあこの間は携帯使えなくて使えるとき使う。使うようになるのには条件があるんだって。仕事を見つければいいんだって」とか。「あんた、何の仕事したい?」ってなれば、あの子達も色々と自分の事として、「自分はじゃあ何が出来るかな?」っていう事として考えていく事が出来るかなと思うからね。決められたものを守れなかったら、もうそこには入れないし、居られない。っていうのはあの子達の中で思い込んでしまっているから。そこに対して「大丈夫だよって。色々と面談とか重ねて行けば、じゃああんたの場合はこうこうっていう、そういった相談だってできるかもしれないよ」ってね。だからやっぱり人ありきだと思うから、そういったことも私たちがフォローする役割であって、長期的にあの子達が面倒見れるかって言ったら見れないから。施設じゃないしね。だから私たちは施設に繋ぐっていこともしなきゃ行けないから、施設に入った以上、そっちのルールは守ってもらいたいと私たちは思ってるよ。でも守れなかった時に放り出されるのはやだなと思うから、また初められるように私たちも余裕を持って関わって行きたいなと重います。

アサダワタル

なるほど、ありがとうございます。あの「ボイス」は僕は東京に行く時にこれを見かけて頂いたりとかしてたんですけれども、例えば今日リスナーの方で読みたいという方とかひょっとしたら出てくるかもしれないなと思って。

橘ジュン

今日は持って来なかったね。

アサダワタル

どこで手に入ったりするんですか?

橘ジュン

うちのサポーターになってくれると必ず創刊するたびに発送するんですね。

アサダワタル

いいですね。すばらしい。

橘ジュン

webレターっていって毎月の活動報告、今月こんな事がありました、こんな女の子との出会いがありましたとか、こんなところで講演しました、こんなところに掲載されましたというところも含め、「ボイス」も特典としてサポーターの方には送るという事もしてるので、BONDプロジェクトのサポーターになって、ぜひ女の子達を支えていただけたらなぁと思います。一緒に応援団みたいな感じでやっていただけたらありがたいです。

アサダワタル

橘さん、改めて最後なんですけれども、BONDプロジェクトとして、橘ジュンさんとして、より一層こういう事やっていきたいなみたいな事、ありましたらリスナーにメッセージをお願いします。

橘ジュン

ありますね。私ね、「福祉」っていうのはこの前糸賀さんの本を読んで、「あ、なんだ私たちが思っててやっていきたいと思っている事だったんだ」って改めて思ったんですよ。ただ言葉が「福祉」だったんだと思って。「福祉」って言われると「いや私勉強してないんで」ってなっちゃうから、凄く嫌悪感みたいなのを抱いちゃうんですけど、でも私多分そこの現場にいるんだなって思ったんですね。でも私は私のいやすいようなやり方で子ども達の声が届く場所にいたいから町に出るという事も続けるんですけれども。うちは「移動する相談窓口」みたいなのがほしくて、作りたくてね。移動カーで相談ができるような。繁華街に行けてね、地方にも行けるじゃん?車があったら。そこで温かいもの飲ませて、おにぎりでもいいから食べさせて。保護もして、そこに時々弁護士さんだったり、福祉士さんだったり、産婦人科の先生とかがいて、女の子たちの相談も話せる時に、彼女達が話したいと思った時に話せるようなそういう相談移動カーみたいなことがやりたいんですよ。街に出るって言う事は、あの子達に会いに行くっていう事はずっとずっと続けていきたいと思います。

アサダワタル

ありがとうございます。3回にわたって橘ジュンさんにお話しして頂きました。皆さんいかがだったでしょうか。どうも橘ジュンさんありがとうございました。

橘ジュン

ありがとうございました。

アサダワタル

さて、そろそろお別れの時間です。橘ジュンさんのお話、糸賀一雄さんの最後の講演のお話と非常にオーバーラップするところがあったという話をお聞きしました。福祉という活動を福祉というイメージを持ってなかったけれども、実は橘さん自身が福祉の活動をしてきたということを実感する、そういう風な語りが今回行われたんだなという風に改めて思います。また広く福祉の事を文化的な視点でこの番組を続けていきたいと思いますので引き続きよろしくお願いします。

橘ジュンNPO法人BONDプロジェクト代表理事

1971年千葉県生まれ。10代の終わり、レディス・チームのリーダーとして取材を受けたことをきっかけに、ビデオ・レポーターやルポ執筆の活動を始める。2006年に街頭から声を伝えるフリーペーパー『VOICE』を創刊。2009年、NPO法人bondプロジェクトを設立。翌3月に渋谷で女性向けのネットカフェ「MELT」オープン。著書に『VOICE キミの声を伝える』(グラフ社)、『漂流少女 夜の街に居場所を求めて』(太郎次郎社エディタス)。

橘ジュン
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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