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関口祐加『福祉の見方をちょっと変えてみる 〜映画「毎日がアルツハイマー」を通して〜』(2/2)

  • 関口祐加映画監督
関口祐加『福祉の見方をちょっと変えてみる 〜映画「毎日がアルツハイマー」を通して〜』(2/2)

認知症の母の介護というともすれば重いテーマを、ユーモアたっぷりに描いて好評の映画『毎日がアルツハイマー』。監督の関口祐加さんは、オーストラリアでドキュメンタリーに出会い、映画監督としてのキャリアを積んできた、異色の履歴を持つ方です。家族や介護、福祉というテーマを映画という表現でどのように語り直していくか。このことにはこのテーマに真摯に向き合ってこその「価値の転換」が潜んでいます。福祉の裾野をひろげる表現の可能性。ぜひお聴きください。

「笑ってもいい」に至るまで

アサダワタル

前回に引き続き今回のゲストは映画監督の関口祐加さんです。こんばんは。よろしくお願いします。

関口祐加

こんばんは。よろしくお願いします。

アサダワタル

前回も大変盛り上がったんですけれども、今「毎日がアルツハイマー」の続編も作られながらこの一年の間、ずっと上映をされてきたと思います。最初に上映したきた頃から1年、1年半と経って、お客さんのレスポンスが随分変わって来たとおっしゃってましたが、改めて具体的にどう変わりましたか?

関口祐加

それは、簡単に言うと公開直後はお客さん固まってたと思うんですよね。つまりね、多分アルツハイマーの話はあんまり見たくない、でも介護に関わっているのでどんなことがあるんだろうって思って映画を観に来る。そしたら母も明るいし私も母に突っ込んだりして、「何じゃこりゃ!?」みたいな。

アサダワタル

自分が想定してたアルツハイマーのイメージを遥かに越えてしまって戸惑うと。福祉的なテーマなので、ちょっとその自分の介護の参考になるかなとか思って来ている人にとってはね。もっと福祉的なテーマに直結している映画かと思っていたら「何、この親子のやりとり…」みたいな。笑ってしまって良いのかもよくわからないと。

関口祐加

母親も言いたい事どんどん言ってるみたいな。

アサダワタル

言いたい事言ってはりますもんね 笑。

関口祐加

怒って笑ったりっていうね。そこを「笑って良いのかな……」と思って、なんか固まっている感じがあって、実はその頃はむしろ私がキューを出してあげて、「もし笑いたかったら笑ってくださいね」ということを言ってあげないと。変な話ですが。

アサダワタル

そこまで監督が言って和ませるみたいな。

関口祐加

何故かって言うと、なごましてあげないと、かなり皆さん気張って来てらしたので、そんな映画じゃありませんよみたいな、最近は映画の前にそんな話をしなくても、映画だけで笑ってもらえるようになりましたけど。実はですね、先日岐阜県の三鷹町っていう一万五千人の町で、二百人の定員で満員御礼だったんですけど、何も言わなくても皆さんガハハと笑ってくださいました。そこが大きい違いですよね。公開直後と今一年半経って、みんながあの映画を、アルツハイマーを受け入れて下さってね。その中で生活の中でのコミュニケーションのあり方とか、アルツハイマーは何かということを、リラックスして学習するというと大げさなんですけど、笑いを通して何か感じて下さるようになったという。それを如実に感じます。実は満員御礼で感じたのは一年前のアサダさんも見て下さったバリアフリーの。

アサダワタル

そうですね。ちょうど去年の2013年の2月に大津プリンスホテルで「バリアフリー映画祭」というのが開催されていたんですけれども、そこで初めて監督ともお会いして、映画も観させてもらったんですけど、もう笑う笑う。僕もメチャクチャ笑わせていただきましたし。

関口祐加

あの時も満員御礼でね。

アサダワタル

そうそう、満員御礼でね。僕自身はこの番組もやらせて頂いていて「福祉」というものを表現として切り取るというか新しくアプローチしていく、自分なりの方法論で福祉に関わって行くっていうことをやってるので、そこでバカスカ笑えるような視点はあるのかもしれない。でも「毎日がアルツハイマー」がぶつけてくるリアルな像というのが前々最初結びつかへんところが、これは一年半経って行くと映画自体が皆の状況を変えて来たんだと思うんですね。大げさに言ってる訳では無いですけどある種革命的なものだと思うんですね。ものの見方を具体的にそこまで変えていって、それで一年とか一年半経った中でみんなが何も言わずともその状況を笑って観られるっていうのは。でも多分現実そのものっていうのはもちろんそれなりに厳しく、介護をされていたりとか、実際認知症が治るってわけではないですよね。でもものの見方は変えることができると。ここには一体何が起きているんだろうなと思いますね。

「できない」をオープンにすること

関口祐加

だからね最近の感想は皆さん「目から鱗」。「毎アル」が言いたい事が素直にに皆さんに入ってきているんだと思いますね。もう一つ私が言いたいメッセージは「頑張らない」ってことなんですよ。頑張らなくて良いってことを私は必ず言うんですけど。日本の文化の中で頑張るってことってとても美しいとされているじゃないですか。でも介護に関しては頑張らない。でもその考えに辿り着けるには、自分の心を、私たち介護側の心をオープンにして自分が「頑張れない・助けてほしい・できない」という事をもっとオープンにしないとダメだよって思うんです。そうすれば助けが沢山ある。一人で頑張っちゃう。アサダさんみたいな関西人には突っ込まれるんだけどさ、関東人はええかっこしいだから「頑張れない!できない!」っていうことは言えないっていうね。

アサダワタル

やっぱそうなんかな 笑。

関口祐加

それは分かんないけど、そう突っ込まれるんだけど、まさしくそうですね。自分だけではできないという事実を見つめてできないってことをオープンにしようと。できないってことはちっとも恥ずかしいことではないっていうことは必ず言うんですね。だから頑張らないでオープンにしようねっていう事が一番元にあって。「楽な介護」って言い方はおかしいんだけど、「辛い介護」って言うのはもしかしたらあるべき介護をしていないんじゃないかっていうね。そういう非常に深い話し合いになってるんですよね。そう言う意味では、出て下さった先生方もそうだし、それには正しい認知症の知識を手に入れようということも含めて。で、実はこういう状況に何が一番大切かって言うのは、私は映画監督なので、感性だと思っているんですよ。介護に関して何が大切かって言うと、知識とか皆さん色々ノートとってくださるんだけど、一番大切なのは感性であるっていう。どうしてかっていうと、介護をしている人間自身が、私を含めて、私はもう50代ですけどもやっぱり40代50代っていう中年層以上じゃないですか。そうすると私たち自身の感性がやっぱり鈍ってるんですね。鈍っているからこそ若い時にすごくドキドキしてることがドキドキしなくなっちゃう。映画監督のデビッド・リンチが言ってるんですけど、「老化とはどういうことか。それはイマジネーションが無くなる事だ」と。イマジネーションが無くなるとどうなるかというと、本当の意味で輝いている人達とか、それから母の本質ですよね、色々生活の上で出来なくなって行く問題はあるにせよ、「人間度」を見られなくなっちゃうということなんです。その人の立場に立てなくなっちゃう。だから感性を磨く。で、それには映画を見たり小説を読んで涙したりとか、絵を見に行ったりとか、むしろそういう事が私たちに大切なんじゃないか、それをつい表現しちゃうっていう。

それは私が皆さんと上映会でお会いして感じる事なんですね。何故かというと私たちの中で「ねばならぬ」って観念が凄く強いんですよ。臨機応変に出来ない。だから、プランAがあって、よくお話を聞くんですけど、認知症を非常にシンプルなタームでいうと、記憶障害なんですよね。もう覚えてられない、忘れるっていう事ですよね。でそれがどんどん進んで行くとどうなるかっていうと、例えば顔洗う事も忘れてしまう。で、そうするとデイセンターに母を送り出すのに週三回行くので顔を洗う事を忘れてしまう、それを教えないといけないっていって娘さんが泣くんですよね。私はそれ聞いてさ、「顔洗うの忘れたら拭いてあげるのはだめなの?」とか思う訳ですよ。つまりプランAとしてはもちろん洗う方がいいんだけど、やっぱりプランBCDを持つ。それってとっても介護関係では大切で。でも皆多分日本文化、私はオーストラリアから帰って来て三年半かですけど改めて一番思っているのは、やはりマニュアル文化ですよね。マニュアルがお好き、プランAがお好き。これをやらないといけない、ここに行かないとだめだっていうのが強くてBCDEが無いんですよね。そこから考えると臨機応変に考えて本人を尊重してあげるっていう、尊重してあげるっていうのは障害は持っていてもやっぱり、人権として同じ人間としてきちっとそういうところが見えるっていう。そういう感性が欲しいっていう話になるんですよね。

感性。そして映画という表現

アサダワタル

関口さんご自身ドキュメンタリーの映画監督として、ドキュメンタリーを扱う上で、例えば社会的なテーマであるとか、表現の手法であるとか、色々もちろんその時その時作品毎に考えてらっしゃると思うんですけど、やっぱり僕自身「感性」というお話を伺っていた時に、シンプルにね、そのコミュのケーションのやり取りを映像っていうところで見せて観客の中に「面白いなあ」って笑いが起きるっていうだけでもなくて、やっぱり、何ていうんでしょう、内容だけじゃなくて、「映画っていう表現」を介してそれを伝えているからこそ、「AじゃなかったらBとかCとかDプランあるよね」っていう今言葉でおっしゃるような事以上の情報量というか、それこそ感性のようなものを、みんな何かしら映画から感じているんじゃないかと。だからこそ、徐々に笑えるようになっていったりしているのかなと。そういう映画という表現のパッケージを通じないと、仮に福祉の問題にぶち当たってる人がいても、普通に関口さんの話を聞くだけじゃなくて、映画っていう表現を通じてじゃないと伝わらない事はあるんじゃないかなと思いましたね。

関口祐加

あのね映画を作るってね、やっぱりどかで私の頭の中に娘の私と監督の私がいるんですよ。でいつも混在してて。監督って実は24時間365日つくづく思うんですけど、映画作ってるときはもう何よりも、ここに息子いないから言うけどさ 笑。息子も分かってるんですよ。「お母さんに取って一番大事なものは何?「僕じゃなくて映画でしょ」ってね 笑。やっぱり映画を作っている状況ってそうなんですよ。でも作ってる時って映画にしようと思ってる。表現しようと思ってるじゃないですか。それってどっぷり浸かりすぎてるとだめなんですよ。

アサダワタル

ちょっと引いてないとダメ。

関口祐加

そう、やっぱり引いて、何故私が母を撮るっていう事をしたかったっていうと、一つには、認知症を撮りたかったわけじゃなくて、認知症になった母が被写体として魅力的であったということですよね。つまりでもそれを自分の血肉を分けた親でやるっていうのは凄く難しいんですよ。娘としての私もそこに介在するわけだからね。そこをやっぱりチャレンジしたかったですよね。肉親を撮るって実は一番大変なんですよ。それ映画にするっていうのは更に難しい。で、それはなぜかっていうとツイッターでね、「実は自分の母親が認知症になって僕も撮影しています。だけど撮ったものは見られません」って言う訳。みんな撮影は出来るけど撮ったものは見る事はできない。

アサダワタル

自分は見れないんですね、データが溜まっていく一方で。

関口祐加

それは多分見る事というのはやっぱり一歩引いて、距離を持ってみる。客観視っていう、その作業が無いと映画にはならないからね。だから自分の親を引いてみるっていうそれが一番多分難しいだろう。それは映画監督として私がチャレンジしなきゃいけないだろうという。そういうことなんですね。

「毎アル2」予告!

アサダワタル

改めて今ずっと作って来られた2作目、通称「毎アル2」の紹介も最後にしていただきたいと思うんです。前回の放送でイギリスの専門家のところへも取材撮影に行かれてたと思うんですけど、これ今回「2」って僕も全然分かってないんですけど、どんな話になってるのかちょっとだけ教えて頂けますか。

関口祐加

前作の「毎アル」を作った時に一つには認知症のケアの仕方ですよね。ケアをどうすればいいのかという時に、日本だとすごく脳の話が多かったんですよね、認知症の方の脳はどうなってるか。もちろんそれは大切なんですね。でも順天堂大学の新井平伊先生と出会うことによって心の問題が大事だということがわかった。人間である事には変わりないので、そういう人達のケアはどうしたらいいのかという時に「パーソンセンタードケア」という言葉に出会ったんですよね。

アサダワタル

パーソンセンタードケア。

関口祐加

パーソンというのは認知症の人ですよね。その人を中心に考えるケアだと。実は10年ぐらい前に日本の中にももちろん入って来たんですけど、その言葉を言った先生がトム・ウッドキット先生ていう先生でもう亡くなっちゃってるんですけど、イギリスの先生で、何が私が面白かったって、その先生心理学の先生なんですね。脳と前々関係なかったわけ。それで面白いと思って、でイギリスはどんな事をやっているのか取材したくて行ってきました。私の中では「毎日がアルツハイマー2〜監督イギリスへ行く編〜」って呼んでいるんですけど。

アサダワタル

思った以上に直球な。

関口祐加

つまりスターウォーズみたいに。「帝国の逆襲」編とか。実はこれは本作プロデューサーの山上徹二郎さんが考えたんだけど「ああそうだな」と思って。2は2なんだけど、どういうことかっていうと、それは私自身、母のその後を描きつつ母がいる、アルツハイマー型認知症の中のどのステージにいるのかっていうことを含めつつ、じゃあこれから母が最終ステージに必ず行きますよね。この最終ステージに向かう母をどうすればいいんだろうっていうことを日本の中ではなくイギリスで答えを見つけようと思って行っちゃったんですね。そういう内容。実際最終ステージにいるケアの現場を撮影出来たんですよ。

アサダワタル

今後1と2と両方上映をして行くという中で、改めて2が加わったことによって、これからもちろん福祉的な現場も含めて上映会を色んな会場でされていうこと思うんですけど、改めて両方上映されることで更に伝えたいというか今後どういう展開したいというか、最後にお聞かせ頂いてもよろしいですか。

関口祐加

今言ってくださったように「毎アル」はまだまだ観て頂いている状況なんですね。今度続編2が入ることによってケア、私娘も含めケアをする立場でどんなケアがいいかっていうこと。実は虐待の話なんかも含まれているんですよね、ちょろっと言うとね。

アサダワタル

そういうのも関わってくるんだ。

関口祐加

なぜかっていうと認知症虐待がめちゃくちゃ多いんですよね。その話も含めて私がイギリスの先生に相談しているっていう状況なので、2つ見ていただくと母の認知症の状態とケアをどうしていけばいいかというマニアックではあるんですけど深い話。分かりやすいって言い方はおかしいですけど面白い1と、さらに深めた2。その二本立てで上映していけるんじゃないかなと。

アサダワタル

改めて楽しみにしています。2の方の上映も僕も見させて頂きたいと思います。2回に引き続きありがとうございました。

関口祐加

ありがとうございました。

※1 バリアフリー映画祭

2013年2月8日(金)〜2月10日(日)に大津プリンスホテルで開催された「びわこアメニティーバリアフリー映画祭2013年」のこと。詳しくはこちらのページを参考に。
http://www.cine.co.jp/news/1359027735730.html

※2 パーソン・センタード・ケア

パーソン・センタード・ケアとは、日本語では「その人中心のケア」と言われていますが、イギリスの心理学者であるトム・キットウッドが1990年代に提唱し、その後世界中に広まった認知症介護の考え方。詳しくはこちらのページを参考に。
http://mira34.com/dem/sdat13.html

関口祐加映画監督

1957年横浜生まれ。日本で大学卒業後、オーストラリアに渡り、天職である映画監督となり、1989年「戦場の女たち」で監督デビュー。世界各地で上映され、メルボルン国際映画祭のグランプリをはじめ数々の賞を受賞。そして2010年、母の介護をしようと決意し帰国。認知症の実母を娘である監督が撮影するという、壮絶なドキュメンタリー「毎日がアルツハイマー」を制作され各地で話題となる。今回はその続編を引っさげてのご登場。

関口祐加
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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