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田口ランディ『アール・ブリュットとの出会い、“福祉”に関わるなかの自己変容』(1/3)

  • 田口 ランディ作家
田口ランディ『アール・ブリュットとの出会い、“福祉”に関わるなかの自己変容』(1/3)

宗教、福祉、医療、スピリチュアリティ、自然など様々なテーマを、小説、ノンフィクション問わず精力的に執筆されてきた田口ランディさん。彼女がアール・ブリュットといかにして出会ったのか、また彼女自身が“福祉”に関わりながらどのように変容遂げたのか。福祉現場における当事者と支援者の関係性を新たに変えてゆく表現活動の可能性について、糸賀氏の思想と実践も絡めながら独自の視点で語っていただきます。

書き始めた経緯 ー兄の死 父の依存症ー

アサダワタル

よろしくお願いします。ごぶさたしております。ランディさんとは一年前に滋賀県であるシンポジウムでご一緒させて頂いたんですけれども、まず最初に小説をいつごろから書くようになったかという話からまず聞いてみたいなと。

田口ランディ

小説を書くきっかけというのは私の場合物凄くはっきりしていて、直接的なきっかけになったのは自分の実の兄が自死したことがきっかけなんですね。これは私の『コンセント』という小説のモデルにもなっているんですけれども。私の兄は10年ぐらい引きこもりをしていて、引きこもりをしたまま餓死してアパートの一室で亡くなってるんですよ。その事が物凄く大きな出来事で、兄が亡くなった部屋を片付けてお葬式を出してという衝撃的な出来事だったんですね。警察に通報が来てということで、そこに駆けつけると大変な事になっていて、「死ぬ」っていう事を意識したのと、それから兄の部屋が水道とか電気とか全部ライフラインが止められていてそこで餓死してたもんですから、「あ、この国ってお金無いとこんな簡単に死ぬんだ」って。その事が凄くショックだったんですね。それが小説を描くきっかけになっていくんです。

アサダワタル

僕も今までランディさんの作品を色々読ませて頂いていて、どの本を読んでいても思うのがランディさんにとっての身近な家族とか、ランディさん自身から発せられる問題意識と、社会で起きている事件や話題になってる出来事みたいなものが、なだらかに繋がっていくというか。いきなり大きな話から入るんじゃなくて、身近な所から徐々に社会の出来事も絡めながら展開していく感じで、小説やノンフィクションが展開されていくのが、僕自身とても面白いと思っているんです。この番組は「福祉」というのが一つの大きなテーマですけど、そういうことについても、ランディさん自身が関わってらっしゃる身近な現場がおありだと思います。まずテーマについて関心を持つきっかけが、ランディさんの中でどのように生まれて行くのか、そこをお尋ねしたいなと。

田口ランディ

まずうちの家族、お父さんがアルコール依存症だったんですよ。兄が引きこもりの末で死んでるでしょ。やっぱり自分の問題として身近なんですね、精神障害とか福祉の問題って。例えば兄の具合が悪いから引きこもりを何とかしたいと思って色んな病院に行ったんだけど、医者に「それは性格障害だから治せない」と凄く冷たく言われたりとか、そういう経験を若い頃からしてるんですよ。あとお父さんお酒飲むの辞めさせたいけどどうしたらいいかとか思って相談に行くと、「本人が底付きしないとね」と。これって何なんだろうと。「もうちょっとみんな私を助けてよ!」みたいな。まだ精神医療が地方では結構苦しい時代だったから、こういう問題と人が関わって行く時って凄く孤独なんだなって思っていて。実際兄が亡くなって父も亡くなって、その過程で私もだんだん成長してきて。自分が大人になってくると、どこに行ったら自分を助けてくれる人がいるのかってことがね、ようやくそこに扉が見えるようになった。でもそこに辿り着くまではえらい大変だったんですよ。だからね、多分普通の人もそうなんだろうなと思って、私だけじゃなくて。だから自分が経験した事を少しでもオープンにすれば同じように悩んでいる人に対して何か助けになるんじゃないかって書き出したんです。

自分で引いていたボーダー ーべてるの家との出会いー

アサダワタル

書き出していくと何かレスポンスというか、もちろん読者の方から様々なメッセージを貰ったり反響があると思うんですが。そういったレスポンスを経て今抱えているテーマからまた次のテーマが見えるといった、数珠つなぎのような連鎖はあるんですか?

田口ランディ

最初私が発表した時に、家族問題や引きこもり問題をテーマにしたものを書いているから、それを読んだ編集者が自分が作ったべてるの家に関する本を送ってくれたんですよ。私それを読んで初めて北海道の浦河にべてるの家っていうのがあるのを知ってね。社会福祉法人なんですけど、非常に特殊な活動をしている精神障害の人達の集団なんです。それで編集者に誘われて、実際に現地まで行ってみるんです。そこで私が目にしたのはびっくりするような状況、そう、べてるの家の援助論だったんですね。そこから「福祉ってめっちゃ面白いな」と思ったんですよ。私はどちらかというと医療問題から入っているんですよね。自分のお父さんの事とかお兄さんの事とか含めて精神科医療というジャンルから入ると結構行き詰まっちゃったんですよね。でも福祉から入っていくとみんな物凄く援助的なんですね。「医療と福祉はどこかで交差したり繋がったりしてるはずなのに、どうしてこんなに違うんだろう?」と不思議に思ってね。

アサダワタル

福祉が面白いと思ってからその先っていうのは、ランディさん自身どのように福祉の分野の中に潜り込んでいったんですか?

田口ランディ

まず、べてるの家に行って物凄くびっくりしたのは、「あんたも病気だ」って言われたんです。

アサダワタル

そんなにはっきり言われたんですか?

田口ランディ

「ランディも相当病気だな」とか病気の人たちに言われて、そこの代表の向谷さんにも「そうだね、田口さんはかなり病気だよね」って言われて、「あたし病気なの?お兄ちゃん病気だし、お父さんもアルコール依存症だったけど、私は病気なのかな……?」みたいな。何かそういった風に「自分は病気じゃない」と自分の中で線を引いてたってことに気がついたんですね。「私は普通でお兄ちゃんが病気だった」とか、「私は普通でお父さんが依存症だった」とかっていう線を自分が引いてたって事をいきなりガスってやられちゃったんですね。

アサダワタル

自分の中でボーダーみたいなものがあって。

田口ランディ

そう、勝手に作っちゃってたの。

アサダワタル

ボーダーがあるからこそ”当事者”っていわれる方がいたり、”支援者”って言われる方がいたりとかするはずなのに、そこを根底からいきなり覆されちゃった。それはなんて言うか、僕はさっき質問した「福祉に潜る」っていうニュアンスよりももっと根本的な体験ですね。

田口ランディ

そこの時点で私ボタンの掛け違いをしていたっていう事にやっと気づいたわけなんです。そこからだいぶ兄の事を捉えなおしたりとか、お父さんの問題に向き合ってみたりとかっていうね。それを自分の問題として引き寄せる事が出来たような気がする。医療の方から物事を見ていくと、医療って治療する人とされる人が割とはっきり分かれているから、自分は安全地帯に居られるんですね。だけど福祉っていう領域の深い所に触れていくと、そこはボーダレスになっていくから自分も結構危ないんですけど、その分、何が問題か良く分かってくるんですよね。自分の問題がそのまま社会に拡張してるんだという事が分かってくるし。「私の心のありようこそが社会のボーダーを作っているんだなぁ」みたいな感じを自分の問題として引き受けるわけです。

滋賀の福祉との出会い

アサダワタル

今回この番組を作る上で、滋賀県の福祉現場の歴史が背景になっているんですけれども、近江八幡市のボーダレス・アートミュージアムNO-MAは、まさに「ボーダー」っていう名前がそこについてて、しかも「ボーダレス」ってなっているわけなんですが、そのNO-MAを運営している滋賀県社会福祉事業団とランディさんは、ここ数年お付き合いがあるわけですよね。こういった福祉系の団体とのお付き合いは、べてるの家とか色々な縁の中で繋がってきた感じなのでしょうか?

田口ランディ

滋賀県との一番最初の出会いのきっかけはアール・ブリュットを新日曜美術館、NHKの番組で紹介する時のナビゲーターを頼まれたんですよ。それまで私はアール・ブリュットというボーダレスなアートという存在を全然知らなくて初めてそこで接するんですけど、作品を見せられた時に衝撃を受けてね。「凄い。これこんなものがあるんだ!」ってことで、その依頼をお引き受けするんですよ。それで北海道の旭川に撮影に行って、初めて社会福祉事業団の皆さんともお会いして実際の作品を見させてもらうんですけれども。

アサダワタル

アール・ブリュットっていう言葉で話してるものっていうのは現在「生(き)の芸術」っていう意味で注目され、日本国内から全世界で展覧会が開催されていると思うんですけれども。何度か今までランディさんご自身もアール・ブリュットについての講演を各地でされているわけなんですが、どうしても光が当たる部分っていうのが、その作品を描いてらっしゃる方の属性としての「障害」ってところに集中してしまうところが多いと思うんですが、作品に触れた際にとか「そもそも障害っていうもの自体をどう捉えればいいんだろう」とか、あるいは「いままで障害者をどう捉えてきたんだろう」みたいな常識について、すごく問いを突きつけられる感じが僕自身多々ありました。

田口ランディ

以前の私だったら「ああ、障害者の方が描いた絵なんだな」って考えちゃったと思うんですけれども、「あんたも病気でしょ、障害者でしょ」って言われちゃってるから 笑。

アサダワタル

その後ですもんね。作品に触れたのが。

田口ランディ

そうなんですよね、そこに自分もボーダーが無いんでね。糸賀一雄さんが本の中で、「人間は生まれた時からみんな重度障害者」って言ってらっしゃるんですけど、一つ一つ障害をクリアしながら、また老化っていうことで一つ一つ障害を負っていくみたいな人間の一生について考えるとね、誰が障害者で誰が健常者かなんてほんとは全くボーダレスだなという感じはあるので、そこの部分にそんなに自分が引っかからなくなってきてます。

アサダワタル

分かりました、ありがとうございます。次回引き続きよろしくお願いします。

田口ランディ

はい。お願いします。

※1 浦河べてるの家

2013年2月8日(金)〜2月10日(日)に大津プリンスホテルで開催された「びわこアメニティーバリアフリー映画祭2013年」のこと。詳しくはこちらのページを参考に。
http://bethel-net.jp/betheltoha.html

※2 ボーダレス・アートミュージアムNO-MA

滋賀県近江八幡市の昭和初期の町家を活かして改築し、2004年6月に開館した、社会福祉法人滋賀県社会福祉事業団が運営するミュージアム。障害のある人の表現活動の紹介に核を置くことだけに留まらず、一般のアーティストの作品と共に並列して見せることで「人の持つ普遍的な表現の力」を感じてもうらことがコンセプト。詳しくは以下のURLにて。
http://www.no-ma.jp/about/

※3 アール・ブリュット

「生の芸術」という意味のフランス語。artは芸術、brutはワインなどが生(き)のままである様子を指し、画家のジャン・デュビュッフェが1945年に考案した言葉。正規の美術教育を受けていない人が自発的に生み出した、既存の芸術のモードに影響を受けていない絵画や造形のことを指す。

田口ランディ作家

1959年東京都生まれ。2000年、長編小説『コンセント』でデビュー。2001年『できればムカつかないで生きたい』で第1回婦人公論文芸賞を受賞。近年は、福祉や医療、原発、水俣問題をはじめとする現代社会が抱える問題や、宗教、精神、生、死などをテーマに、小説やノンフィクションを精力的に執筆。昨年2013年夏に新刊『ゾーンにて』を発表。

田口ランディ
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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