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小山田徹『対話をし続ける事 共有空間の獲得』(2/3)

  • 小山田 徹美術家・京都市立芸術大学 准教授
小山田徹『対話をし続けること 共有空間の獲得』(2/3)

小山田さんは活動テーマは「わかりあえない他者同士がいかにしてコミュニケーションしていくか」。1992年にダムタイプの作品「S/N」にて、仲間の美術家 古橋悌二氏のHIV感染の事実をカミングアウト。当時、日本社会の中で、「同性愛」や「エイズ」に関する議論がほぼタブーであった時代に、先進的に、医療分野からではなく、アートという分野から、この問題に関する啓発普及活動を進めて行きます。そして、舞台とともに、京都にて数々のコミュニティスペースを立ち上げ、そこに、様々な福祉に関わる当事者や支援者、医療関係者、社会活動家などが集まり、アートを「対話」のきっかけにし、普段の日常生活を過ごす我々が、様々な問題にいかにして「当事者性」を獲得するかといった議論を重ねていきます。小山田さんの活動から“福祉”という領域をどのように切り開いて行くのか、糸賀思想とのつながりは?対談第二回です。どうぞお楽しみください。

アーティストグループ「ダムタイプ」

アサダワタル

前回に引き続き今回もゲストに美術家の小山田徹さんにお越し頂いています。改めて美術という観点、アートというところでなぜそのような色んな人達が集まるような場作りに関わるようになられたのか。今回は小山田さんの表現活動の原点について色々とお話し出来たらと思います。

小山田さんのプロフィールにもありますように1984年、もう30年程前になりますけどその時に参加されていたアーティストグループ「ダムタイプ」。その活動が、今個人で小山田さんが様々なプロジェクトをされていることに繋がっていると思うんですけれども、そのダムタイプの活動を少しご紹介いただけますか。

小山田徹

「ダムタイプ」というのはパフオーマンスのグループです。80年代初頭当時、全世界的にパフォーミングアーツと呼ばれる舞台芸術の新しい形、価値観というのが同時多発的に起こったんですよね。私たちも大学の中で、戯曲を中心とした演劇という表現ではなくて、もっと様々な要素が等価値で持ち込めるような場と表現が作れないかなと思ってパフォーミングアーツという手法を取り入れて立ち上げたのがダムタイプというグループなんです。

これは簡単に言うと、グループワークで表現を構成する様々なアイデアを大きなテーブルの上にゴロゴロと全部出す、それをみんなで眺めながら、ああでもないこうでもないと組み替えながら表現というものを作って行くグループだったんですよ。80年代後半ぐらいまでに作品を色々な形で発表させてもらい、80年代後半から90年代にかけては 世界中を飛び回るほどの評価を頂いた集団になってました。

メンバー古橋のHIV感染の告白

小山田徹

ただそのピークの頃ですね、ある日中心メンバーだった古橋がみんなに一斉に手紙を出した事があるんです。その手紙の内容は「自分はHIVに感染している」というものでした。「それでもこれからの生活と制作を続けていきたい」という決意が書いてある手紙が届いて、それから自分たちの周りが一気に変化していくんですね。当時の日本にはHIVとかエイズに関しての情報がほとんどない。どうしていいのか分からない。毎晩ダムタイプのオフィスに集っては30人から50人ぐらいの人間がもぞもぞと悲しみながら話を色々するという日々が始まりました。

それでダムタイプはエイズにまつわる様々な出来事に当事者として立ち会う形の中から作品を作らざるをえなくなって、エイズについて色々調べ始めるんですよね、みんな。知れば知るほどエイズというのが病としての出来事ではなくて、社会的な問題を抱えた病であると。そう、社会的な病なんですよね。差別を生んだりとかジェンダーの問題とか、自分たちが今まで認知しなかった出来事を含んだ、それが生み出す社会の問題を含んだ病であるということに気がついていく。そしてその状況に対するアプローチが同時に始まることになったんですよ。だから、美術って言う表現と並行していわゆる社会活動とかアクティビズムと呼ばれるものとか、医療関係の取り組みとか、そういうものが同時に並行して進んでいくんです。

「アートスケープ」っていう一軒家を開発する事になってそこに皆が移って、共同生活をしながらそういう活動をする時期が続きます。そういう中で古橋が死んでしまうんですよね。最終的には95年に。その当時はエイズを、治ってほしいと治さなきゃいけないと思ってたんだけど、僕らは医療関係者でもないし、直接治せる立場にないんですよね。社会的な偏見とかエイズを取り巻く問題をとにかく解決したいという形に変えて、それを思ってたんだけど、一つの解決方法で世の中が解決することはないんじゃないかと思い始めたんですよ。じゃあどういうことが必要なのかなと思ったときに、こういう問題をずっと対話し続ける場っていうのはどうやったらできるかっていうことを考えるのが重要なんじゃないかと。そのために美術とか様々な分野のスキルっていうのは活用されるんじゃないかなと思い始めて、その時点で初めて「共有空間の獲得」というテーマを意識的に考えることが始まりました。

今やっている共有空間っていうのはエイズにまつわる様々な社会的問題を考えて行く中で、「多様性」というのをどう維持して行くかという中で、考えついた必要なコミュニケーションのあり方がこの共有空間の様々な実践の試みに繋がっているんじゃないかと思います。

「隙間」の重要性

アサダワタル

色々な人達が集まる中で、ダムタイプというのはアーティストグループとして基本的には表現者というか芸術家の方々が集っていたと。さらに古橋さんのHIV感染をうけての活動上で、医療関係の方とか、福祉関係の方々も来られるようになったと伺ってるんですが、そういう方々から見て、目の前に治さなければ成らない病があったりする切迫した状況の中で、美術とかアートっていう言葉が一見自分たちの現実と無関係のように響いたりとか、場合によっては「そんなこと考えてる余裕もない!今目の前にあることで必死や」ということがあったんじゃないかとは思うんですけど、そこはどのように対話をしていったのでしょうか?

小山田徹

現実の対処しなければならない所に本当は「隙間」が必要なんですよ。例えば会議をしようという時に会議室のテーブルと椅子、殺風景な会議室の中で会議をするっていう必要性があるよね。でも本当はお茶を飲みながら、もしくは食事しながらの方が良いアイデアが出たりするというのも皆何となく分かっているはずなんだよね。ただなかなかそれが制度の中に入りにくい。でもそれを上手く混ぜてゆくっていうのが、実は隙間っていうものを細かく作っていく方法ではないかなと。アートスケープの時もそうだっだんです。最初はあらゆる方にオープンな場所として設定しているんだけど、活動が先鋭化してきて専門的なカタチになると無意識の敷居の高さが生まれるんですよね。

アサダワタル

最初そんなつもりじゃなくても。

小山田徹

そう。一年間ジェンダーについて語り尽くした後には、初めて来られる方がいたらその方が何も思考が始まっていというのに気づいた瞬間に、無意識に「ジェンダーってことについてこれまで考えたことがないのか」っていう圧力が。それは悪気があってとかじゃなくて 笑。

アサダワタル

無意識なんですよね完全に 笑。でもそれはらあらゆる現場にありえる話ですよね。

小山田徹

専門性を帯びた所には派生しがちなんですよね。その時にみんなで編み出した方法が別の「窓」を作るという形で自分たちでカフェを作ってみたりとか、それで生まれたのが「ウイークエンドカフェ」というプロジェクトなんですよ。自主運営のカフェ。皆で飲みにいこうよっていうときは構えずに友達誘って普通は行くよね。それで集ってバラバラ話をしているうちに色んな話が出来る。そういう窓を自分たちで自立(自律)的に持つということは自分たちに強引に隙間を作るような感じ。でも、それをやってみたら有効だったんですよ。ウィークエンドカフェというのは非常に楽しくて、しかもシンプルな営業システムでやってると本当にみんながかわりがわりマスターになってくれる。

アサダワタル

それが面白いですよね。お客さんの立場も超えて、みんなが主体になっていく。

小山田徹

だって、お客さんでいることってしんどいやん。知り合いのいないパーティに出ることほど……。

アサダワタル

苦痛ですよねあれは 笑。

小山田徹

でも誰かがコップこぼしたりしてそれを片付けなあかんっていうのを手伝い始めた瞬間に、いる理由が……。

アサダワタル

できますよね 笑。自らの居場所を獲得するというか。それこそほんと「獲得」っていうニュアンスがあると思います。

小山田徹

その間に話をしたりとかできるよね。コミュニケーションの間に労働があった方が居やすかったりとか。

アサダワタル

労働が挟まることでかえって自分の場所を発見したりコミュニケーションがしやすくなる。

小山田徹

それをやっているとその準備から片付けまで誰も指示しなくてもすみやかに行えてみんなが愛を持ってその空間を維持してくれると。そういうことが奇跡的に続いた時期があって、味を占めるんですよね、その後「バザールカフェ」とか色んなプロジェクトに変容していきながら、僕自身はその中で発見したものをより具体的なプロジェクトに変えて行くという形で活動を進めています。

アサダワタル

今回は、小山田徹さんの活動の原点にあるダムタイプというアーティストグループのお話をしていただきました。メンバーである古橋さんのHIV感染の事実。そこから始まる様々なエイズについての社会啓発活動。そこに発生していく対話の場。医療関係者の方、福祉関係者の方、社会活動家、色んな人達と対話をしていきながら、お互いの専門性の間の隙間を埋めつつも、大切にしながら、様々なコミュニケーションが行われてゆく。そういう場作りの事例が、今の小山田さんの活動に繋がっていっているんでしょうね。引き続き次回は糸賀一雄さんの福祉の思想というところもからめながら、お話しして頂けたらと思います。小山田さん、ありがとうございました。

小山田徹

ありがとうございました。

小山田徹美術家・京都市立芸術大学准教授

1961年鹿児島に生まれる。京都市立芸術大学日本画科卒業。84年、大学在学中に友人たちとパフォーマンスグループ「ダムタイプ」を結成。ダムタイプの活動と平行して90年から、さまざまな共有空間の開発を始め、コミュニティセンター「アートスケープ」「ウィークエンドカフェ」などの企画をおこなうほか、コミュニティカフェである「Bazaar Cafe」の立ち上げに参加。日本洞窟学会会員。

小山田徹
パーソナリティ アサダワタル

1979年大阪生まれ。日常編集家。公私の狭間、異分野間を漂泊しながら、既存の価値観を再編集する表現を、音楽、文章、プロジェクトを通じて創作・提案。2002 年、バンド 越後屋のドラマーとして、くるり主宰レーベル「NMR」より2枚のCDをリリース。その後、音楽を主体に各地でソロライブ、プロジェクト、ワークショップを展開しつつ、2013年、ドラムを担当するSjQ++にて、アルスエレクトロニカ準グランプリ受賞。著書に『住み開き 家から始めるコミュニティ』(筑摩書房)、『アール・ブリュット アート 日本』(平凡社、編著)『編集進化論 editするのは誰か』(フィルムアート社、共著)等。『ソトコト』や『マガジン航』等で連載。神戸女学院非常勤講師。

アサダワタル

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